サンクリストバルに戻ってきてつくづく感じるのは、ここが観光地であるということ。そしてもしかしたら、旅行者を長期滞在させてしまうような場所なのかもしれない。なんていうか、いかにも「自由」を謳歌しています、みたいな身形をし、ボブ・マーリーのような髪型をした人たちを多く見掛ける。彼らのカッコウは現地調達の生地で作ったゆるいパンツ(実は私も一本持っている)やスカートで、体にタトゥーが入っている。本来はもしかしたら透き通るように白いかもしれない肌は、すっかり日焼けして、陽気だけど、少し気だるそうにも見える。
私の滞在している宿は、決して繁盛しているとは言えないが、ここにも旅行者がやってきた。その内のひとりがイギリス人で、メキシコに来る前はタイに7年住んでいたという。
「いつイギリスに帰るの?」
と何気なく聞くと、イギリスにはもう帰らない、ときっぱりと言った。
私は自分のヒアリングに自信が持てず、聞き直すと、彼は
「イギリスや先進国は一見自由に見えて、本当のところは不自由でしかない。家賃の支払いに縛られ、車を所有することに縛られ、それらを補うために、1日10時間も働く。そういう生き方を自分は選びたくない。」
と言う。
「ではどうするの?」
と再び私が聞くと、彼はきっぱりと、これから2年かけて自分の居場所を探すつもりだ、と言う。世界のどこかに。
「何も所有することなく、自分の食べるものは自分で作る。自分の住む場所は、自分で作る。とてもシンプルさ。」
とブリティッシュアクセントの英語で言う。
私は、彼に、あなたはとても勇敢だね、と言ったけれど、彼がやろうとしていることを、実際目にしない限り、私には想像ができない。彼が、イギリス紳士として生きている姿は、案外想像できたのだけれど。
今度は彼が私に聞く番だ。
「君はここで何しているの。」
「仕事で。私は日本でコーヒーの仕事をしていて、生産者に、よりすばらしいコーヒーを届けてもらうためにここにいるんだ。」
と答える。言いながら、自分の滞在目的を確認するかのように。
「Do you like your job?」
の問いに、もちろん、と私が答えると、
「You are very lucky」
ところで、仕事って一体なんだろう。
独立をした年、今よりももっと財務に無頓着で、せっせと経費を垂れ流していた私は、ふと我に返って、同じことを自問自答した。そのときに導いた結論は、
「自分がわくわくすることで、人を喜ばせること」
それが私にとっての仕事の定義だと思った。人を喜ばせることができたら、その会社はやっていける。
しかしながら、そのとき、自分がやっていることは、自分自身にも無理を強いていて、心からわくわくしているとは言えない上に、決して人を喜ばせていない、ということに気づいてはっとしたのだった。
今も、人を喜ばせることまではできていないけれど、少なくとも、私はメキシコに来て、毎日わくわくしている。この国の人と、そしてマヤビニック組合の人たちと、ようやく自分の言葉でコミュニケーションができるようになってきた。
彼は4日間だけこの地に滞在して、海辺を目指すという。
「サンクリストバルの寒さには驚いた。早くビーチに行きたい。」
という彼は、やっぱり豊かな国の人だと思った。私は二日もビーチに居れば、完全に飽きてしまうと思う。ビーチを楽しめない私は、poorな人間かもしれない。
でも、明日、いよいよマヤビニック組合の首脳陣とミーティングを持つことになり、やや緊張しながらも、「何を話そうかな・・・」と考えている自分も、さほど悪くない、と思う。
この小さな街の中にも、多様性があって、それだから、「世界」はおもしろい。
さあ、<仕事>だ!
チアパスのコーヒー。こちらもなかなか美味しかったです。